春名なおあき

はるな 直章

戦争への道 絶対に許さない

日本共産党 元衆議院議員
行っちきち戻んちきち

さようなら山崎朗香南市議ー遺志を引き継いで

2017年3月15日

 13日、香我美町議、香南市議を10期務めあげてきた山崎朗香南市議ががんのために逝去、享年65才でした。謹んで哀悼の言葉を送ります。県委員会を代表して弔辞を述べさせていただきました。

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 さる3月12日夜7時20分ごろ、65歳の若さで亡くなられた山崎朗さん、突然の訃報に言葉もありません。悲しみは消えることはありませんが、生前の朗さんの姿を偲び、心からの哀悼の言葉を送らせていただきます。

 山崎朗さんは、1952年1月21日、父・山崎大四郎さん(たいしろう)、母常子さん(つねこ)の、四人きょうだいの末っ子として生まれました。スポーツ大好きの快活な少年でした。

 高知高校卒業後、1971年に故郷を離れ、京都の龍谷大学英文科に進学しました。大学ではバレーボール部に所属し、主将も務め、同時に女子バレーボール部のコーチも務めました。また、卒業後も地域のバレーボールチームのコーチを務め、昨年春にがんの診断を受けたあとも、しばらくの間、バレーボールの指導は続けてこられました。バレーボールは、朗さんのライフワーク、生涯をバレーボールとともに過ごしました。

 大学では、学生寮に入った朗さん。寮自治会の先輩のみなさんが、寮生のいろいろな要求をかかげて大学当局と勇敢にたたかい、次々と権利を勝ち取っていく姿に感銘を受けたといいます。その寮の先輩との出会いがきっかけとなり、日本民主青年同盟に加盟、1972年6月、大学二年生の時に日本共産党に入党しました。そして平和運動、学生自治会運動などで活躍し、党の大学支部の支部長も務めてきました。

 大学卒業後、故郷に帰った朗さん。しばらくは地元のサニーマート南国店で働いていましたが、党の機関から「町議選挙に出てほしい」との強い要請を受けました。もちまえの正義感と、くらしを守りたい、との熱い思いから立候補を決意、日本共産党公認で香我美町議選挙にたち、みごとに当選しました。そのとき、27歳の若さでした。以来、香我美町議に連続七期当選、続けて香南市議に連続三期当選を果たし、平和と民主主義、住民のみなさんの要求を実現するために献身的にたたかいました。

 物静かで誠実、そして実直なお人柄が誰からも親しまれ、地元のみなさんからも、市議会のなかでも党派を問わず、大きな信頼を得てこられました。困っている人がいたらすぐかけつけ、親身になって相談に乗ってくれる人、近所ではもちろん、遠く離れたところからも、「世話ができる人」との声が聞こえてくる人望の厚さでした。私も選挙の応援に何度かうかがったとき、一緒に候補者カーに乗ると、あちこちから住民のみなさんが出てきて朗さんの演説を聞いてくださる、熱烈に手を振る方が次々と姿を見せてくださる、すごい信頼感だとびっくりしたものでした。他の市町村の議員選挙にも積極的にオルグに入り、責任者などを務め、確実に当選させてきた手腕の持ち主でした。

 議会の中でも、堂々とした道理ある主張は、他会派のみなさんからも一目おかれる存在でした。総務委員会に所属するとともに、監査委員や自衛隊対策特別委員会の委員長も務めてこられました。全国的にみても共産党の議員が自衛隊関係の委員会の委員長になることはまれなようです。他の会派のみなさんからも「地元だし、正論も言えるし、山崎議員しかおらんろう」との評価でした。筋を通すとともに粘り強く議会全体の納得を得る努力をつくす姿に、党派の違いを超えて信頼が寄せられました。また、国の方針と住民のみなさんとの板挟みで苦労されている市職員のみなさんにも優しく接し信頼されていました。多くの職員さんや議員さんが、朗さんの逝去の報に涙しています。

 昨年の4月、がんの宣告を受けた後も、政治を変える熱意は衰えることはありませんでした。夏の参議院選挙は、抗がん剤治療で体力が衰えていく状態でしたが、電話での支持拡大に全力でとりくみ、他の野党議員とも連携し野党共同の候補者が地元に入った時には、案内役として地域を訪問するなど、大車輪でがんばりました。

 抗がん剤があって、徐々によくなっている、とお聞きしていた矢先だけに、この悲しさ、巨星を失ったくやしさと喪失感は計り知れません。しかし、私たちは悲しみを乗り越えていかねばなりません。朗さんが人生をかけてとりくんできた、みんなが幸せに暮らせる社会をつくり、平和を守るために、残された私たちが力を合わせねばなりません。

 朗さん、どうか天上から私たちのたたかいを見守ってください。遺族の皆様の悲しみはきかばかりかと察するに余りありますが、どうか力をあわせ支えあってまいりましょう。朗さん、どうか安らかにお休みください。

         2017年3月14日 日本共産党高知県委員会委員長 春名直章

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