春名なおあき

はるな 直章

戦争への道 絶対に許さない

日本共産党 元衆議院議員
行っちきち戻んちきち

いせだ良子比例候補と福島のいまを視察

2015年10月28日

 郡山駅に降りたとたんの線量計、「原発事故は続いている」と実感。

 あの忌まわしい事故から4年6か月がたった福島の被災地におり立ちました。いまもなお終息せず、ますます深刻化する実態をこの目でたしかめたいと、富岡町、双葉町、南相馬市を視察・調査。九州ブロック比例候補いせだ良子さん、笹岡四国ブロック事務所長、江田九州ブロック事務所長も同行、京都から現地に移住されボランティアセンターで尽力されている宮前さんに解説していただきました。

 私は過去3回現地を訪れてボランティアや視察をしてきましたが、今回初めて原発立地の富岡町、双葉町の実態を視察することができました。というのは昨年4月まで立ち入り禁止区域でしたから。

 「4年半前と何も変わってない」―これが第一の感想です。放射能のために、津波と地震で破壊された町がそのまま残されている姿に愕然としました。南相馬市小高駅の駐輪場には、この駅を利用して高校に登校した主たちの帰りを待つ自転車がそのまま置かれていました。富岡駅前ではものすごい津波、地震で壊された商店街がまったくそのままの状態で放置されていました。小高でもなお津波で一階部分が崩壊した家屋がそのままになっていました。時間が止まったままです。原発事故は人間の営みを許さない。

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 二つ目の感想は、四年たって大きく変わっていることを発見したことです。除染作業がおこなわれ、その除染ゴミを入れた黒い袋(表に「しゃへい」と記入)がおびただしい数、野積みにされていました。あちこちに「除染中」というのぼりがはためき、各地に黒い山。異様な光景です。しかも3年間のその場に置いたら、4年目からは別の場所にゴミを移動させねばならないそう。そして富岡町で出た除染ゴミを処理する処理場が建設され、ひたすら燃やすといいます。しかし燃やせば100倍に濃縮されたセシウムが煙となって出ていくことになります。にっちもさっちもいきません。

 工事用のダンプ、自動車、作業員と思われる方々がたくさんおられます。しかし生活の匂いはまったくしません。双葉町の商店街の入り口には「原子力 明るい未来のエネルギー」の大看板。その左横のおうちの壁には「この看板を撤去しないで。世界に負の遺産として後世に残したい」のポスターが。そのポスターに登場している男性は、なんと小学生の頃にこの標語を考えた方とのこと。忸怩たる思い、現在と未来を守りたいとの思いがあふれていて涙が出てきました。

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 二度と人間の営みを根底から壊す原発事故を起こさない唯一の保障は「原発ゼロ」を決断し実行する以外にありません。

 

 

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